悩める移民達

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By Chris Dlugosz (Flickr: Montreal - china town) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

「移民」と聞いて何を思い浮かべますか?

そのような言葉とはまるで縁の無い生活を送っている人なら、どうしてわざわざそんな遠くへ行くのか、だとか、逆に海外での生活が羨ましい、などと思われるのでしょうか。

若しくは同じように移民としてカナダに暮らす日本人の方で、特にバンクーバーやトロントのような町での生活であれば、日本人の知り合いや当地の日本人社会をベースにした具体的な移民像が浮かび上がって来るのかも知れません。

私はそのバンクーバーでもトロントでもなく、モントリオールという町で生活している事もあり、普段から日本人の姿を見かける事はほとんどありません。実際には一定数の日本人在住者が居るようですが、私が知っているのは片手で数えられる程で、それこそ道端で日本語が聞こえて来たら驚いて振り返ってしまうぐらいです。

ですので個人的には、カナダにやって来る前までは広東語や福建語も含む中国語圏での生活が20年強続いていた事、そしてその言葉をある程度は使える事からも、モントリオールにも少なからず生活する中国語圏出身者と近しくする機会に比較的恵まれ、自分以外に移民と言えば、自然とまず彼等の姿を思い浮かべます。

モントリオールでアジア系の風貌を見かければ、その多くの場合で同時に中国語を耳にする事になります。ダウンタウンにあるチャイナタウンまで出かけなくても、私の住んでいる近所でも頻繁に彼等の姿は見られ、レストランからスーパー、雑貨店、果ては電子機器の修理店に至るまで、中国系住民により経営されている店舗が徒歩圏内に点在しています。

そしてそんな彼等のほとんどが「一世」。つまり本来ルーツがここに無いだけではなく生まれもここではない、自分の代でやって来たという、まさに私と同じような人達です。結婚を機にカナダに移住する日本人の方は多いようですが中国人の方々はどうでしょう?どうしてアジアから遠く離れたこの地へ移民して来たのでしょうか?

まだ私がカナダに来てすぐの頃、90年代には香港からの移民が多数であったのが、今世紀に入って以降は中国大陸からの移民が増加したと聞いた事がありました。それは中国が経済力をつけ始めた時期に重なります。私が中国で生活していた時、実際に身の回りでも海外志向が高まっているのを強く感じていましたが、それでも初めはまだ単純に未知への憧れ程度のものであったと記憶しています。旅行でも、移民でも、何か具体的な行動に移すまでの財力を持っていたのはごく一部の富裕層に過ぎませんでしたから。

しかしその後経済の発展は急激に進みました。同時にかつてない程に多くの情報が流入するようにもなり、人々は海外に対して単なる憧れからより具体像を描くようになります。中でも安定した社会環境、先進的な教育制度や医療・福祉制度などに自身の生活に対する希望との合致を見出した人達は、とうとう次から次へと移動を始めたのでした。オーストラリアやニュージランドなどと共に、そんな彼等の目的地の1つとなったのがカナダです。

また、中国語で「拿護照」と言えば、本来「パスポートを持って行く」だとか「パスポートを取りに行く」といった意味合いになるのですが、この表現が特に中国では「外国のパスポートを取得する」、つまり他国の市民権を得る(帰化する)というようにも使われます。

実際のところは必ずしも移民=帰化ではありませんし、日本からの移住者で既に各条件を満たしていても、カナダには帰化せずに日本国籍のままでいるケースは相当の割合を占めていると想像します。しかし多くの中国人の理解では移民はそのまま「拿護照」であり、その理由の1つとして挙げられるのがパスポートの便利さです。日本のパスポートを所持していると他国に出かけるにもビザの申請が省ける場合が多いのに対して、少なくとも現時点に於いて中国のパスポートはそこまで便利ではありません。カナダに帰化し、カナダのパスポートを入手すれば、より多くの国に自由に行き来できるようになり、これもまた彼等がカナダ移民のメリットと捉えている点です。

教育、医療、そしてパスポート。彼等の目に映っていたものも、彼等が欲していたものも、クリア過ぎる程にクリアな筈でした。でも「現実は違った」。そう嘆く人にも私は会いました。

すぐ近所にあり、私がよくタバコを買いに行く小さなお店でこんな事を聞きました。

カナダに来てもう10年以上になるけれど、どこかで後悔があるのは否定できないし、周りの中国人でも同じように感じている人は決して少なくない

それはどうしてかと聞くと、

教育のもたらすメリットは自分が既にそれを享受できる年齢ではなく、医療制度にしても実際には多くの問題点を抱えていて、そして何より、もっと充実した生活を送れるものかと思っていたら、現実は仕事すらそうそう見つからずに充実も何もあったものでは無い

と言います。

結局は先進国と言われる場所に対してクリアな「幻像」を描いていた、という事です。カナダに来て同じように感じた日本人の方も居るとは思いつつ、それでも同じ先進国から来ている身ですから、同じ状況に対してもそこまでの落胆は無かったかも知れません。しかし90年代の中国で生活を経験し、当時を知る者として、彼が言った事はよく理解できるような気もしたのです。そして恐らくは、その後中国で更に進んだ経済発展もまた、当初彼等が移民を決断した理由すら根底から揺さぶってしまうような原因になったのだろうと思います。今の中国には就職口があり、賃金も大きく上昇しただけでなく、何よりそこには彼等の親類や友人も居て、慣れ親しんだ環境があります。10年程前には移民する事のメリットとして想像していたものが、実際にカナダに来てどれだけ自分のものになったでしょうか。そして逆にどれだけのものを失ったのでしょうか。

同じお店でアルバイトをしていた女性が居ました。彼女もまた中国は上海から移民して来たもののどうしても仕事が見つからず、少しでも就職に有利になるようにとこちらの大学に通い直し、その傍らバイトをして食い扶持を繋いでいました。その彼女が私に言った事があります。

カナダにやって来てもう3年にもなるのに、まだ大学に通ってバイトなんかしている。手に職をつけようと思って大学にも通い直したけれど、今になってそれが正しい選択ではなかったのではないかと、ちょっと後悔している

幾らか不安な面持ちでそう言っていました。それでも彼女がまだ比較的若かったのは幸いだと思いつつも、本人からすれば決してそう簡単な話ではなく、そこまでの時間をかけてもうまく行かなかったらどうすればいいのかと、ただそんな思いが募るのだと訴えていましたが、暫くして彼女はバイトを辞めてしまったのでその後どうなったのかは知る由もありません。今もどこかで元気に毎日を過ごしてくれているだろうと願っています。

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