モントリオールに来て間も無い自分がブログを書くにあたって

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photo credit: Bird - Montreal Street Art via photopin (license)

新たな町へと居を移すにあたって、期待のみならず不安を抱えてしまうのは至極当然の事。それをいかにしてやわらげるのか。方法は恐らく数多くある中で、前以って可能な範囲で情報を収集する事が、よりスムーズに新しい環境に馴染む為には必要不可欠な事として捉えられて来ているのかと感じます。

それでも、カナダと言えば大半の人がまず思い起こすのがバンクーバーやトロントであるだろう事からも想像できるように、同じカナダへの「移民」とは言え、モントリオールを含むケベック州の情報を集めようとすると、実際一筋縄には行かないのだという事は、私自身も移民の準備をする中でよく分かりました。それは日本語で書かれたものだけに言えるのではなく、中国語で情報を探してみても全く同じで、本来不安を解くつもりでやった情報収集の筈が、逆にその不安を更に倍増させられるかのようで、でもだからと言ってその作業を止める訳にもいかず、ジレンマに陥ったりもしたものです。そしてただでさえ不安に駆られている時に、折角見つかった日本語のブログさえもがもうこちらで長い方によって書かれた内容のものが多く、有用な情報を入手できるソースである事は確かであり、大変有り難いものだと認識しつつ、その文字の間に隠れた「余裕」には却って自分の状況との違いを鮮明にさせられるようで、精神衛生上あまりよろしくない部分もある気がしていました。

この町で生活するにあたり大きな問題となるのがフランス語。そしてこのフランス語ができる、できないという点こそが、既にこの町を舞台に活躍され、確かな経験に基づいて、ブログで多くの有用な情報をご提供くださっている方との違いでもあります。この際「フランス語もできないのにどうしてこの町に来たのか」などという根本的な問題は置いておき、「フランス語ができないのならどうすればいいのか」と考える以外に方法はありません。

私個人、時間の長さだけは、海外での生活が日本でのそれを上回っているのですが、今考えてみると、言葉の問題で苦労した事はさほど無かったように思います。18歳で行った中国ですが、その前に日本の高校で3年間中国語を勉強していたので、言葉が全くできなかったのとは違いますし、中国語を理解する上で、漢字が読めるというのは日本人ならではの圧倒的なアドバンテージです。30を過ぎて行ったマレーシアのペナンにしても、元々マレー系の人に継ぐ人口の多さを誇る中国系の人々が暮らす国であるだけでなく、その中でも特に中国系人口の占める割合が大きいペナンでの生活でしたから、日常生活に於いても各場面で中国語を使える機会がありました。同時にマレーシアという国は東南アジアでは英語の普及率が大変高い国でもあり、マレー語を全く理解しない外国人でも生活に困るような事はほぼ皆無でした。

ですから逆に、今となっては、当時中国語の習得に日々苦しい思いをしていた仲間達の気持ちが痛い程に分かるようです。大変だったろうと思います。そして何より不安だったろうと思います。彼等の困難と比べれば、フランス語という言語自体がまだ馴染みのあるアルファペットを用いて表記されますし、モントリオールであればまず英語が通じる分、ある程度は気持ちをラクにしてスタートを切れる環境にあり、自分はきっとまだ「救われている」のだとも感じる訳です。難しい事自体に変わりは無いですけれど、少なくともチャレンジしてみようという気持ちにはさせてくれます。7月から移民向けのフランス語学校に通い始めますが、今からそれが楽しみなんです。

人生の中には様々な始まりと終わりがあります。でも私が「移民」としてカナダに上陸したのはこれが初めてで、生まれ変わらない限り、この始まりに2度目はありません。この時期を最も新鮮に、そして強く感じ、それを素直なままに綴る事ができるのも今しかありません。時によそ見をし、後ろを振り返る事があったとしても、全体像として捉えた時には、体だけでも常に前を向き歩む自分で居られたであろうかと、今後ここに残して行く文章がもう少し遠い将来に教えてくれるかも知れません。

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